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20 A/W
社長です。
秋めいてきました。
エアコン無しの時間がジワリと増えてきました。
個人的には、秋が一番好きです。
振り返ると、楽しかったことは秋が一番多かったかな。。
さて、20A/Wの企画も抜き差しならない状態になってます。
なかなか、調子が出ず焦る日が続きましたが、
ようやく、パソコン上に編地、柄のファイルが
増えてきました。。
後は、糸使いや加工方法のプラン。
色は、在庫でいいかな。。
と書いてしまうと妥協しているみたいですが
何気に、Toa-Knitの色糸は2500色以上あるんです。
これが、100g単位で全て管理されているので
本当にスゴイと思います。
なので、逆に在庫で十分です。
何とか10月の合同展には間に合いそうだ。
めざせ!新作50点。
飛ばしますよー♪
DNA-デオキシリボ核酸
社長です。
昨日は、オヤジの命日。
もう随分と時間が経ちました。
今、自分は51歳。
オヤジは51の頃、何を考えていたのだろう。
さかのぼってみよう。。。
その頃の俺は18歳。
大学受験で玉砕することも知らず
呑気に青春してた頃。
当時、Toa-Knitでは、賃加工と腹巻なんかがメインで
自社企画の生地などは、まだ手がけていなかった頃。
社員も3-40人いて、編み機が5-60台。
ちょうどその頃、最新のハイゲージのダブルジャカード機を2台
設置して、よく「日本に2台しかない編み機がウチにある」って
話をよく話していたものだった。
あと、縦糸挿入という編み機も8台持っていて、
これも、当時は珍しい編み機で、縦糸と言えばToa-Knit
みたいになっていたらしい。
オヤジは職人ではなかったけど、ピカイチの職人がいたので
難しい編み機を設置しても、使いこなしていたようだった。
なんて遡ると、多分オヤジは、差別化をしたかったのだろう。
単に賃加工や定番品で、ジリ貧になってしまうのを嫌って、
高度を上げたて、あわよくば、航行ルートも変えてしまいたい。
と言う感じかな。
当時、Toa-Knitの内情は、あまり知らなかったけど、
そんなに、まだ悪くは無かったと思う。
でも、打てるうちに、投資をしてくれていたんだなと。
まさか、Toa-Knitに無関心だった息子が入社するとは
思いもしなかっただろうけど。
でも、お蔭様で
今俺は、Toa-Knit愛もすごいし、自社の特色を癖強で
出せていると思います。もちろんスタッフも粒ぞろい。
DNAやな。
遡ったり、少し離れて見てみると、全部繋がっている。
いつまでも好きなもの
社長です。
振り返ればだけど、ずっと好きな音楽家がいる。
たぶん、これからも好きだろう。
初めて聴いたのは、小学6年生。。。11歳。
YMOというバンドの坂本龍一さん。
小学生から見れば、おじさんなのにかっこよかった。
学校で「YMOが好き」とかって言った途端
「ネクラ」とか「陰気」とからかわれたもんだった。
まさに同感だった。 笑
あれから、40年。今も坂本龍一さんの曲が大好きだ。
きっと、彼が今も音楽を続けていてくれているから
こっちも、今も好きでいられるのだろう。
引退とかされてしまうと、新しい音にも出会わないし
ライブな発信もなくなり、全部振り返るしかない。
続けるという事。
しんどいと思うけど、大切だ。
これからも、期待を裏切りながらも、
素敵な曲を作っていって欲しいと思います。
秋近く
社長です。
現在、関東地方に強い台風が接近しているようです。
大きな被害の出ないこととを願っております。
台風もそうだけど、朝晩の暑さも少し和らぎだした。
先日、ここに書いたように、腹筋やらウォーキングやら
禁酒だとかを続けています。
慣れれば、良いもんだと思う。
思うけど。。。それを、止めてしまうとまた、ズルズル・・・
なんだかんだ言い訳して、楽な方を選ぶんだろう。
いや、まだ、言い訳するぐらいだったらいいけど。
全くの、鈍感になってしまうのは怖い。
人はこの鈍感を「割り切った考え方」と言う。
考え方というからには、考えてるんやろうな。
ホンマか?
写真は、昨日の風景。秋祭りと月。
9月
社長です。
昨年の9月は強い台風が近畿を直撃して
至る所で被害が発生して、半年以上はブルーシートで
覆われた屋根が、多く見受けられました。
Toa-Knitも屋根に穴が開いたり、壁が飛んで行ったりと
散々でした。
以降しばらくは、雨が降るだけで、体内にある
危険信号みたいなものが点滅するような感覚が
無くならず、辛い思いをしたものです。
これから先も、発生しなければ、それに越したことは無い
んだけど、災害が発生した時に、負けずに対応して
いかなければ、いかんよな。。。
と、爽やかな晴天の9月の日曜日に思いました。

